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zoom RSS 東欧特集 カルパティアのスラヴ人

<<   作成日時 : 2011/11/13 17:14   >>

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ウクライナ政府は、ルシン人を少数民族として認めていません。ルシン語はウクライナ語の方言と位置づけています。ウクライナ国内では2007年、ザカルパッチャ州議会が少数民族として認める決議案を採択しただけです。

日本語wikiは、ウクライナ政府の見解を垂れ流しているのと同じです。日本語の資料の大半が、日本語wikiから引っ張っているのも問題です。

信用できる日本語の資料は、ウクライナ共和国ザカルパッチャ州を現地調査した北海道大学スラヴ研究センターの家田修教授の報告です。ルシン語は語尾変化はウクライナ語(東スラヴ)に近く、音の響きは西スラヴに近い、と述べています。

日本語の資料が極端に少ないため、英語の資料を中心に調べました。本来はウクライナ語、ロシア語、スロヴァキア語、ハンガリー語などの文献にも当たるべきですが、これは今後の研究に期待します。

簡単に言えば、中世はルーシ人と呼ばれた東スラヴ人の中で、カルパティア山脈周辺に住む民族です。「カルパティアのスラヴ人」が最もシンプルな表現でしょうか。仕事を求めて移り住んだり、移民した人も多い。

ポーランド、スロバキア、ハンガリー、チェコ、ルーマニア、セルビア、クロアチアにも住んでいます。少数民族として公式に認めているのはハンガリー、ポーランド、スロバキア、チェコ、セルビア。

これらの国々では、ウクライナ人は別の少数民族です。スロバキアの国勢調査(2001年)によると、自分のエスニシティはルシン人という回答が2万4千人、ウクライナ人という回答は1万1千人。

EUは、こういうスタンスです。
http://www.eurominority.eu/version/eng/

わかりやすいマップはこちら。
http://c-rs.org/geography.html

■ウクライナ人、ルシン人
古くはルーシ人と呼ばれたウクライナの東スラヴ人が「ウクライナ人」という民族意識を持つのは19世紀です。ただし、これは帝政ロシア支配下のウクライナ中部〜東部です。

西ウクライナの大半は、オーストリア領でした。ザカルパッチャ州は16世紀から、他は18世紀末後半から。この地域ではウクライナ人という民族意識と共に、ルシン人という民族意識も生まれました。

東方カトリックの神父で独立運動家の Aleksander Duchnovic はスロバキア東部の山間部の生まれ、現在のウクライナ共和国ザカルパッチャ州ウジュゴルドで学び、ルシン人という民族意識を広げた人物です。

1851年に作られた聖歌です。原文はキリル文字です。
http://www.c-rs.org/duchnovyc.html

20世紀初頭には「ルシン人」の呼称が浸透し、当時の国勢調査に記録が残っています。1918年、ガリツィアのレムコ人はレムコ・ルシン共和国を建国、独立を宣言しました。2年後、ポーランド領に編入され、独立はなかったことに。

第二次大戦後、旧ソ連はルシン人という呼称を禁止します。東方カトリックも1989年まで禁止。帝政ロシアは東方カトリックを弾圧したけど、オーストリア領は宗教に寛容でした。なので、ウクライナ人・ルシン人ともに東方カトリックの信者が多い地域です。

■ルーツはバルカン半島?
1960年代以降、チェコスロバキアやハンガリーでルシン人研究が始まります。ルーツはセルビアやクロアチア、という説があります。民族衣裳や音楽が南スラヴに近いそうです。広義のカルパティア山脈の地図です。UAはウクライナ、RSはセルビアです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Outer_Eastern_Carpathians#Outer_Eastern_Carpathians_.28subprovince.29

「ルーツはクロアチアやセルビア説」に具体的な証拠はないけど、信じるルシン人は少なくない。裏を返せば「他のウクライナ人とは違う」です。

北海道大学スラヴ研究センターの家田修教授は、ザカルパッチャ州出身でハンガリーに移り住んだ地理学者から、ルシン人のルーツは「白いクロアチア人」と聞いたと述べています。具体的な証拠はなく、仮説の域を出ない、「興味深いのはルシン人の民族的起源を東スラヴから切り離そうという姿勢」と。

私も「ありえない説ではないけど、仮説の一つ」と見るのが妥当だと思います。なお、セルビアのルシン人は、オーストリア帝国時代の移住者の子孫です。言葉が少し違い、パノニア・ルシン語という言語を話します。セルビアのヴォイヴォディナ自治州では、公用語の一つです。

現在、ウクライナでルシン人というアイデンティティを持つ人はどのくらいなのか。これは調査で違います。2001年のウクライナ国勢調査によると、最も多いザカルパッチャ州で0.8%。ケンブリッジ大学の調査では9%です。

ルシン人は独自の国家がなく、居住地域が各国に広がっているため、最近は「東欧のクルド人」と言われます。文化で、私が「他と違う」とわかるのが教会の建築様式です。初めて写真を見た時、驚きました。それまで見たことがなかった屋根の形なのです。

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