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zoom RSS 地と血 --- イタリアとポーランド

<<   作成日時 : 2012/06/12 23:21   >>

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寸胴鍋でつくったポーランドの伝統料理ビゴス。3日で完食しました。煮返しながら、何日もかけて食べるらしいけど、日本の気候では3〜4日が限界でしょう。

トマト入りです。トマト入りの写真を最初に見たのは、南部の古都クラコフ在住の方のブログでした。クラコフは18世紀後半のポーランド分割でオーストリア領になった地域です。

当時はイタリアも、トスカーナ地方から北はオーストリア領。南部はナポリ王・シチリア王を兼ねていたフェルディナンド1世は政治に無関心で、オーストリア出身の王妃(マリー・アントワネットの姉)が政治的実権を握っていました。

ポーランド国歌『ドンブロフスキのマズルカ』には「イタリアの地からポーランドへ」というフレーズが合計7回繰り返されます。こちらは対訳付きです。
英訳の thy=your(古語。「汝の」と和訳することが多い)



動画にはドンブロスキのaの下に尻尾みたいな物がついていますね。これが本来の表記で、オゴネクというダイアクリティカル・マークです。「オン」と発音します。

Marsz, marsz, Dabrowski(進め、進め、ドンブロスキ)
Z ziemi wloskiej do Polski(イタリアの地からポーランドへ)

z =from(withの意味でも使う)
ziemi=earth
wloskiej=Italian
do=to
Polski=Polish

ポーランド(Polska)ではなく、ziemi(地)にかけた Polski にして、ドンブロスキと韻を踏んでいます。無理矢理に英語に直訳すると、

From land Italian to Polish(land)

もともとは、18世紀末にイタリア北部でナポレオン軍に参加した亡命ポーランド人の軍歌です。だから、歌詞に「ボナパルテ」とある。ドンブロフスキはポーランド人部隊を率いた将軍です。

ナポレオン軍がオーストリアとプロイセンを破り、ワルシャワ公国が成立。ナポレオン失脚後のウィーン会議で分割されました。ただ、一時的とはいえ、独立を回復したことで「独立の歌」「解放の歌」になりました。

イタリア国歌『イタリアの兄弟(同胞)マメーリの賛歌』では、5番がオーストリアの鷲がイタリアとポーランドの血を飲む、です。



3分32秒〜

il sangua d'Italia(イタリアの血)
il sangue polacco(ポーランドの血)

イタリア語はできませんが、sangua(女性形)、sangue(男性形か中性?)はスペインの飲み物サングリアと似ていますね。イタリア語とスペイン語は近いので、

「サングリアは赤い。血はイタリア語やスペイン語で sangu〜かな?」と赤のイメージでいっぱいになりました。調べたら、やはり「血」の意味でした。

l'Aquila d'Austria(オーストリアの鷲)は黒いから、白が浮き立つ。
Dall'Appi a Sicilia(アルプスからシチリアまで)は緑のイメージです。

vittorria(勝利)、l’unione(統一)、natio(国)、l’amore(愛)、
libero(自由、解放)は調べなくても何となく…。合っているのかな、わからない。

今のイタリア国歌の歌詞は19世紀前半に作られました。1861年の独立後の国歌は『王室行進曲』で、歌詞はなかった。マメーリの賛歌が国歌になったのは王制廃止後の1946年です。




イタリア・ハンガリー・チェコ・ポーランド洋食器の旅
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浅岡 敬史

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