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zoom RSS サッカー欧州選手権の前に

<<   作成日時 : 2012/05/21 00:10   >>

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来月からサッカー欧州選手権ですね。ポーランドとウクライナ共催です。共催はオランダとベルギー(2000年)、オーストリアとスイス(2008年)に続いで3度目です。ポーランド語ではウクライナを「ウクライーナ」と発音します。

大雑把に言うと、現在のウクライナの大半は14〜17世紀後半までポーランド領でした。西部は18世紀後半のポーランド分割でオーストリア領→第一次世界大戦後はポーランド領やチェコスロバキア領→第二次世界大戦後はウクライナ。

20世紀に関しては、まだ禍根が残っているようです。戦間期や第二次世界大戦時、ポーランド領だった地域では、ウクライナ民族主義者組織がユダヤ人やポーランド人を虐殺。独ソ戦中に地下活動を始め、ウクライナ蜂起軍として抵抗活動を続けました。

ウクライナ蜂起軍は「ソ連の中のウクライナ」ではなく、完全独立を目指していました。だから、戦後も戦闘が続いた。ヴィスワ作戦の目的は、ウクライナ蜂起軍の殲滅ですね。

当時のポーランド政府はソ連の傀儡政権だったけど、復讐心がなかったとは思えない。冷戦終結後、両国政府はヴィスワ作戦を人権侵害、エスニック・クレンジングと位置付けて歩み寄ったけど、個人レベルで気持ちの整理がついているか疑問です。

ポーランド在住の外国人にインタビューしたシリーズです。英語です。



ウクライナ北西部、リヴィウの大学を卒業した後、AIESEC(本部:オランダ)の海外インターシップでポーランドへ。ポーランドのきらいなところは?と聞かれて、

I don't like.....when Polish people associate Ukirainans with Russians.

歴史的つながりが深いので、混同されることはないと思います。「ロシア人と関連づけられるのが嫌いだ」と解釈しています。

Ogniem i mieczem(英語タイトル:With Fire and Sword )はポーランドの歴史小説です。17世紀のフメリニツキーの乱(コサック反乱)を描いた大作で、1999年に映画化されました。

And I don't like.....when Polish people consider Liviv to be a Polish......

「リヴィウをポーランド人の町だ言われるのは嫌いです。今はウクライナ。グダニスクはドイツ人の町だと言うのと同じこと」という意味だと思います。

スリーシティズは北部のグダニスク、グディニャ、ポソトの都市圏のこと。隣接しているので「三つ子都市」とも言われます。

祖父は現在のポーランド領に住んでいて、ヴィスワ作戦でウクライナ側に強制移住になったと語っていますね。「うちの家族の間では、ポーランド人はウクライナ人を見下し、憎んでいると考える雰囲気があった」と。

ポーランドに行く前、母親に「ウクライナ語を話せば通じる」と言われたくだりは面白いです。私は「ウクライナ北西部とポーランド南東部は、方言なら通じるかも」と思っていました。けっこう違うんですね。

人柄の良さがにじみ出る良いインタビューです。際どい発言がありますが、公言できる時代になったのでしょう。編集でカットしなかったことも評価したいです。

この男性の出身地、リヴィウの人口は約100万人。サッカー欧州選手権のホストの一つです。両国とも、4都市ずつです。

ポーランド:ワルシャワ、グダニスク、ポズナン、ヴロツラフ
ウクライナ:キエフ、リヴィウ、ハルキウ、ドネツィク

ハルキウとドネツィクは、キエフより東です。
これまでで最も移動距離が長い大会になります。


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