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zoom RSS ヴィンランド・サガ 第11巻

<<   作成日時 : 2012/02/10 07:24   >>

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『ヴィンランド・サガ』第11巻を読了。巻末に4コマ漫画がプラスされて驚き。今まで巻末は『資料まとめ』みたいな感じだった。幸村誠さんは初めてかもしれない。タイトルが、

『たった4コマじゃムリだって!』

壮大なストーリー、でも売上げは大事だからと巻末4コマを頼まれた幸村さんが実際に言った感じがします。

ヴィンランド・サガの時代、デーン人は西欧、ノルウェーのノース人はシェトランド諸島やアイルランド、アイスランドと北回り、スウェーデンはユトランド半島の東と、まるで協定を結んだかのように進出先が違う。

作中に「ノルド語」と出てくる通り、言語が分化していない時代です。古ノルド語と言います。「うちは西に行く」「うちは東だ」と取決めがあっても不思議ではないとです。

古ノルド語から分化したのがデンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語、アイスランド語。昨年7月、スウェーデン在住者が作った替え歌をYouTubeで見つけた時、「スウェーデン在住だから、スウェーデン人とは限らない」と何語か調べました。

スウェーデン語で替え歌
http://oonagh.at.webry.info/201107/article_6.html

最初の決め手は一人称。アイスランド語だけ、まったく違う。だから、最初に除外しました。そのあとは袋小路で、3〜4時間格闘しました。スウェーデン語とデンマーク語の判別が難しかったです。

この時に除外したアイスランド語が、古ノルド語に最も近いそうです。他の言語の影響をあまり受けていないから、原型が残っている。離島や山奥に、古い言葉が残るのは世界共通ですね。

英語は古英語の時代です。ノルド系イングランド人のエイナルは古ノルド語と古英語の話者ですね。同じゲルマン系の言語といっても、すぐ通じるほどではなかったと思います。

「俺」は通じたかもしれない。

古英語:ic
現代アイスランド語:ég

11世紀だから、古英語には古ノルド語から入った語彙があります。
sky(空)、law(法律)は古ノルド語由来です。

幸村誠さんは「すぐ意思疎通できるほどではない」を支持しているようです。でなければ、エイナルが英語とノルド語の両方が話せるという設定にはしない。

ヴァイキング後期の時代は、エイナルのように征服した地に定住する人が増えました。エイナルの先祖は農民として定住、スヴェン王は征服王朝を開く。

イギリス史では、イングランド統一王朝をウェセックス朝とするか、1066年に始まるノルマン朝とするか、どちらかです。「ウェセックス朝」「デーン朝」という表現をすると、

978年 エドワード王が暗殺され、異母弟のエセルレッド2世が即位(ウェセックス朝)

1013年 クヌートの父、スウェインがイングランドに攻め込み、エセルレッド2世は亡命。同年、スウェインがイングランド王に(デーン朝)

1014年 スヴェン王が急死。エゼルレッド2世が亡命先から戻って復位(ウェセックス朝)

1016年 エセルレッド2世が死亡。18歳の息子、エドマンド2世が即位。同年死亡。クヌートがイングランド王に即位(デーン朝)

この頃、ヨーロッパはキリスト教社会を形成します。支配者がキリスト教に改宗したのは、だいたい政治的な理由です。西方教会ならローマ教皇や神聖ローマ帝国が王とみなす、東方教会ならビザンツ帝国が国を統べる正当性を認める。

960年   デンマーク(西方)
966年   ポーランド(西方)
988年頃  キエフ・ルーシ(東方)
1000年   ハンガリー(西方)
1008年頃  スウェーデン(西方)

クヌートの母親はポーランド王女、ヴェンドの王の娘、スウェーデンの有力族長の娘シグリド、デンマーク王の娘……5種類の記述を読んだことがあります。「ヴェンド」は「スラヴ」の意味で使う表現です。ヴェンドランドといえば、ポーランドを指します。

スウェーデンの族長の娘シグリドはスウェーデン王エリクに嫁ぎ、夫と死に別れて、スヴェンと再婚したとされる女性です。スウェーデン王オーロフの母親ですが、実在が疑わしいとも言われます。

スヴェンはシグリドとは二重結婚だったという説もあります。二重結婚説は、私はしっくり来ます。スヴェンは「政治的なキリスト教徒」で、キリスト教的倫理観の持ち主ではなかった。だから、何人も妻がいた。

「政治的・戦略的キリスト教徒」といえば、リトアニアのミンダカウス王。リトアニアは1385年にヨガイラ大公がキリスト教に改宗するまで「ヨーロッパ最後の異教の国」と言われますが、1250年頃、ミンダカウス王がカトリックの洗礼を受けています。要するに「ドイツ騎士団とリヴォニア騎士団うざい!俺の覇権の邪魔すんな!!」

ミンダカウス王の息子の一人は修道士になりました。この人は本当に信仰していたと思います。

クヌートは後年、ローマに巡礼しました。41歳で死亡したこと、勢力範囲が広大だったことを考えると「敬虔だった」と言わざるをえない。ヴィンランド・サガでも、クヌートの宗教観が描かれていますね。

第11巻では、主人公トルフィンは出番が少ない。でも、ユトランド半島の開拓の様子は、個人的にはツボでした。昔のヨーロッパは森林が多かった。なだらかに広がる畑や牧草地は、もっと後の時代です。

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