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zoom RSS 白ルーシ、紅ルーシ

<<   作成日時 : 2011/11/28 04:35   >>

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ベラルーシの「ベラ」の意味が、ずっと疑問でした。「ベラは白、西の意味」と読んでも、ピンと来なかった。ウクライナの歴史を調べる中で「紅ルーシ」「赤ルーシ」という言葉が出てきて、納得しました。

紅ルーシ(赤ルーシ)は現在のウクライナ西部。時代で範囲が少し違うけど、ガリツィアが含まれない時期はない。ガリツィアかガリツィア+周辺地域。つまり、ベラルーシの南です。

青=東、春、龍
赤=南、夏、朱雀
白=西、秋、虎
黒=北、冬、玄武

日本人には馴染み深い概念ですね。ハンガリーなど中欧では、色を方角で概念が中国かペルシャから伝わったとするのが一般的です。で、ロシアはなぜか受け入れないらしい。

黒ルーシはモスクワ周辺のルーシという説、ネマン川上流(ベラルーシのミンスク県あたり)とする説の2つあります。黒ルーシは実在した小公国だけど、方角を示すには狭い。モスクワが重要な都市になるのは15世紀以降なので、「モスクワなど北部のいくつかの公国がある地域」と解釈するほうがしっくり来ます。

白ルーシ:ほぼ現在のベラルーシ
紅ルーシ:ウクライナ西部
黒ルーシ:モスクワなど北部
青ルーシ(緑ルーシ):不明

帝政ロシア時代、ウクライナは「小ロシア」と呼ばれますね。もともと、この「小」は総主教座のコンスタンティノープルから「距離が短い」という意味でした。モスクワなど北部は距離が長いから「大ロシア」と。

時代を下って、帝政ロシアは「大ロシア、小ロシア、白ロシアの三位一体」と言い出します。19世紀半ば以降、ウクライナでは「小ロシア」という表現が嫌われ、20世紀初頭から蔑称に。

一方、白ロシアは色と方角の意味が希薄になっても、侮蔑的な響きはなかった。日本の表記が白ロシアからベラルーシに変わったのは、1991年の独立後。白系ロシア人と白ロシア人の違いが文字だけで明確になるまで、70年以上かかりました。

白クロアチア、白セルビアもあります。クロアチア人とセルビア人の先祖は、昔はウクライナ西部に住んでいて、6〜7世紀にバルカン半島に移動。全員が一気にバルカン半島に移動・定住したのではなく、いくつかのグループに分かれたようです。

白クロアチアと白セルビアの場所はカルパティア山脈、現在のポーランド、チェコ、ドイツなど諸説あります。

白クロアチアの遺跡(リヴィウ近郊)
http://www.croatia.org/crown/articles/9864/1/White-Croats-in-Ukraine-and-their-seat-Stiljsko-near-the-city-of-Lviv.html

中世初期、白クロアチア人と白セルビア人が居住していた場所
http://www.sjsu.edu/faculty/watkins/serbia.htm

「紅クロアチア」はバルカン半島のクロアチアです。中国起源の概念が時代や距離で変化して、白は北、赤は南を表わすという説もあります。

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